『データ・ドリブン・マーケティング』と知的資産経営

理事 | 鈴木 健治

■アマゾン社員の教科書15の指標のうち、財務による指標は5つのみ

 企業経営は意思決定の連続です。

 特に、マーケティングは、市場の動向を推測しながら、自社が提供できる商品・サービスが、どうお客様の満足や価値に結びつくか、継続的に見直す思考です。

 長年の経験や勘による判断も重要ですが、組織的な意思決定では、データに基づく判断が求められます。

 データに基づく経営に役立つ書籍として、マーク・ジェフリーの『データ・ドリブン・マーケティング』(ダイヤモンド社,2017年4月,以下、本書という)があります。本書は、アマゾン社員の教科書に採用されたことで有名です。

 

 本書は、マーケティングに役立つ重要な15の指標を紹介しています。本書の新しさは、15の指標のうち、財務データに基づく指標が、内部収益率、投資回収期間、顧客生涯価値などの5つ(※1)のみであることです。

 本書で重要とされた15の指標のうち、残りの10の指標は、「非財務」の指標です。

 アマゾン社は、赤字・黒字などの財務データだけでない、非財務のデータを活用しているからこそ、赤字を続けながらも、持続的に企業規模を拡大できているのでしょう。

 つまり、従来の財務諸表(BS,PL,CF)の分析だけでは、例えばアマゾン社のようにマーケティングに長けた企業を分析したり、比較したりすることはできないのです。

 最新のマーケティングを実践している企業は、どのような非財務の指標を経営の目安としているのか、本書にそのヒントがあります。

 

■非財務データの重要性 

 本書が推奨する非財務のデータは、2つのグループに分かれます。

 1つ目は、「財務データで表せない(見えない)資源の強み」を表す指標群で、ブランド認知率や、解約(離反)率です。

 2つ目は、Webサイトへのアクセスに関する指標で、当社にとって重要なキーワードのクリック単価(インターネット広告の単価)や、Webサイトアクセスに関する直帰率(※2)などです。

 1つ目の見えない資源の強みのうち、ブランド認知率は、商品名・サービス名がどれだけ知られ、見込み客のマインドに残っているかの指標です。

 たとえば、商品のカテゴリー名(自動車、洗剤、次に行きたいレストランなど)を示した際に、当社のブランドを思い出してもらえる比率が高ければ、ブランド認知率は高いです。

 解約(離反)率は、顧客のロイヤルティーを測る指標で、自社の顧客であった人が、どれだけ離れてしまったかのデータです。この解約率を把握し、解約率を低下させるマーケティングを試みていくことが、本書のいう「データ・ドリブン・マーケティング」の一類型です。

 その他、本書では、非財務の重要指標として、試乗(お試し)、顧客満足度(CSAT)、オファー応諾率などが事例付きで説明されています。

 

■データ・ドリブン・マーケティングは、知的資産経営そのもの 

 このように、「データ・ドリブン・マーケティング」は、ブランド認知率など非財務データに注目する経営です。

 過去には、「現金、土地、機械設備」など、財務データで把握できる資産を、上手に回転(運用)していけば、利益を得ることができていました。しかし今や、そのような事業は限られています。

 現在では、財務データで表すことのできない、ブランド(商標)や、顧客や協力会社との関係や、当社の人材の強みなどの見えない資産(知的資産)を上手に活用しなければ、その企業の本来の成果を生み出せません。

 この非財務の資産を使った経営が、知的資産経営です。

 知的資産経営は、経営者や事業にぴったりのKPI(Key Performance Indicator,重要業績評価指標)を定めて、成果に向けた取り組みをする経営です。

 このため、本書を参考としたデータ・ドリブン・マーケティングは、慎重に選定された15のKPIを使用した「知的資産経営」といえるのです。

 

■知的資産経営で、非財務の強みを見つけ出し、本来の成果を目指す 

 財務データで表されない資産は、「見えない資産」です。特許やブランドなどの知的財産権、ノウハウ、経営者の資質、従業員のもつ強み、顧客との安定した特別な関係、優れた協業者との契約などです。

 知的資産経営は、見えない資産である知的資産を把握するところから始まります。現金や土地とは異なり、知的資産は発見しづらいのです。

 当社の知的資産に気づくには、知的資産の分類や、3つの切り口(構造資産、人的資産、関係資産)などの分析ツールを用います。

 そして、本書の15の指標を把握し、変化を追うことで、当社のどの知的資産が働き、または機能していないか、より深く検討していくことができます。例えば、解約率の推移の現状と、当社のどのような見えない資産が働いているのかを顧客視線で検討しなおすことで、当社にとって本当に重要な知的な資源(財産)を発見することができます。

 おそらく、顧客満足に直結している当社の知的資産です。この知的資産を守り、社内に浸透させ、お客さまに覚えてもらうマーケティングや経営に取り組むと、財務データにはすぐには現れませんが、事業の成長性・持続性を高めることができます。また、将来の売上高や利益の減少の要因に早く気づき、早めの対策を実行できます。

 本書の15の指標(※3)を参考に、IAbM総研への相談も検討しながら、財務分析のみでない、知的資産経営に取り組み、自社の知的資産を、顧客の満足や価値に結びつけ、持続的に成長できる経営をしてください。

 

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※1 財務データを使用する重要指標の1つは利益です。もう一つは顧客の生涯価値です。顧客生涯価値は、その顧客が、例えば今後5年間で当社にどれだけ利益をもたらすかという指標で、単純に売上高で顧客を分類するのではなく、当社にとってより重要な顧客を明確に把握しようという指標です。 

 

※2 自社のWebサイトの特定のページ(申込みページ、比較ページなど)へ誘導したいとします。DM, e-mail, 印刷したパンフレット類、検索エンジン、インターネット広告などのキャンペーンごとの効果を測定するために、アクセス数だけでなく、直帰率での比較が有効です(本書p.224)。つまり、アクセスされただけでなく、アクセスしたユーザがそのページに満足したかどうかを、直帰率で把握できます。

 

※3 本書の15の指標には、解約率など、自社のデータを整理すれば把握できる指標や、ブランド認知率など、アンケート等を実行しないと把握できない指標もあります。

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鈴木 健治(弁理士・経営コンサルタント)

特許事務所ケイバリュエーション 所長

 

 

 

・経済産業省産構審小委員会の臨時委員、(財)知財研 知的財産の適切な活用のあり方に関する委員会委員、日本弁理士会中央知財研究所 知財信託部会の研究員などを歴任。

・著書に「知的財産権と信託」『信託法コンメンタール』(ぎょうせい)、論文に「知材重視経営を支えるツール群に関する一考察(月刊パテント)」などがある。

公式サイト: http://kval.jp/